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あえて、普通じゃない選択

離婚を決めるまで、私は普通に縛られていた。
できるなら両親そろって、家族で暮らすのがいいのだと。
そしてそれは、努力すれば何とかなるのではないかと。
妹が離婚していたので、姉妹そろって離婚という道は歩みたくないとも思っていた。

だから、できる限りの努力をした。
娘を病気にしたのはお前だ、と言われても。
お前が中学に行かなくていいと言っている、と言われても。
お前が諸悪の根源だ、と言われても。

私しか娘の病気を治す為に努力できる人はいない、と頑張った。
そして、少しずつ、娘の病気は解明されていった。
少しずつ少しずつ、良くなっていった。

しかし、夫はそれを認めなかった。
相変わらず、同じ言葉を繰り返した。

私は、家を出る前に、最後に夫にこう言った。

「私は、人生に困難はつきものだと思ってる。
 困難を乗り越えるから、人は成長するものだと思ってる。
 そして、結婚したら、それを二人で乗り越えていくものだと思ってた。

 私が病気で倒れた時、あなたは早退して駆けつけてくれた。
 家事や育児を手伝ってくれた。
 とっても有難かった。
 
 でも、今は違う。
 困難があった時、道を切り開いているのは私一人だ。
 賃貸が雨漏りの時も。
 母が介護が必要で引っ越してきた時も。
 娘が病気になった今も。
 あなたは、いつも私のことを責めてばかりいる。
 『賃貸の雨漏りくらいで引っ越すのはおかしい。』
 『お前の母が近くに来たら、自分は仕事を辞めて自分の両親を見る。』
 そう言って、私を責めた。
 私は、助けてくれる所や人を探して、解決してきた。
 私はもう、責められながら道を切り開くのは嫌だ!
 一緒に解決方法を探さない人と暮らすのは嫌だ!」

普通って何?
家族って何?
私はその答えを探してボロボロになった。
そして、今の生活を選んだ。
子どもたちも、私との生活を選んだ。


今日、RINに言ってみた。
以前も言ったことがあったことだった。
「定時制高校でもいいんじゃない? 通信制でもいいかもしれない。」

以前、RINはそれを否定した。
「私は治って高校に進学する!」
もちろん、それが一番いいと思ったし、
そう希望していることで、願いが叶うかもしれないと思った。


高校進学には、中学1年から3年までの内申点が必要となる。
授業をあまり受けられていないので、当然ながら成績はかんばしくない。
いわゆる平常点が加わる為、テスト成績以下の成績が付けられてしまう。

私自身が中学時代病気で長期欠席を強いられていたので、
内申点では苦労した。
希望の高校に偏差値は届いていても、
内申点が届かなかったのでダメだった。

RINの辛さを見ていると、
もう無理はいいよ、と言いたくなった。

「まず、病気を治そう。それが一番大事だ。内申の為の出席じゃなく。定時制でも、通信制でもいいんじゃない?」
「そうだね。中学でも、通信制があるといいのにね。」

RINも、その意見に同意した。


教育の機会均等と言われている。
しかし、何が平等なんだろう、と思う。

勉強がわからなくても全員進級し、
6時間わからない授業を受け続けなければいけない生徒もいる。
あるいは、わかりすぎて、授業がつまらない生徒もいる。

障害認定されなくても、入院していなくても、
RINのようなグレーゾーンで苦しむ人たちもいる。
特別支援学級の横を通るたび、うらやましささえ感じてしまう。
自分に合った教育が受けられていることに。

「リストカットしたことがある子って、今の中学にもけっこういるんだよ。」
「どれくらい?」
「私が知ってるだけでも二人。」

どれだけの苦しみを背負って、その子は学校に来ているのだろう。
その子にどんな苦しみがあるのだろう。

あまりにも、いろいろな家庭の事情、その子の事情がある。
その一人一人に合わせた教育を、学校だけで行うには無理がある。

もっと、多様な教育の場があればいいのに。
義務教育という言葉が、それを奪っているような気さえしている。

 

Comment

NoTitle 

あえて普通じゃない選択。
「社会の常識にあえて適応するでなく、自分の考え方を貫く選択」と言い換えることが出来るかもですね(^^)

社会の価値観に自分を適応させる生き方は、人生を生きる上で、様々な保証であり安心感が得られるのかもしれません。

一方、自分の考え方を大切にする生き方は、自分の人生を生きているということが実感できる。それが上手くいってもいかなくても、後悔することは少ないように思います。
後悔することの多くは「したことよりもしなかったこと」といわれますしね(^^)

生き方に正解なんてなくて、自分の生き方は自分の選択で決まる。責任を持って自身で選び取るまでと思ってます。
肝要なのは自分の人生を真剣に生きることであって、誰かと比べるまでもないですよ(^^)

はあとちゃくらさんもRINちゃんもこれ以上ないくらい自分の人生をしっかり生きてる。大丈夫(^^)
  • posted by よし 
  • URL 
  • 2018.10/06 06:02分 
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  • [Res]

NoTitle 

あえて普通じゃない選択。
「社会の常識にあえて適応するでなく、自分の考え方を貫く選択」と言い換えることが出来るかもですね(^^)

社会の価値観に自分を適応させる生き方は、人生を生きる上で、様々な保証であり安心感が得られるのかもしれません。

一方、自分の考え方を大切にする生き方は、自分の人生を生きているということが実感できる。それが上手くいってもいかなくても、後悔することは少ないように思います。
後悔することの多くは「したことよりもしなかったこと」といわれますしね(^^)

生き方に正解なんてなくて、自分の生き方は自分の選択で決まる。責任を持って自身で選び取るまでと思ってます。
肝要なのは自分の人生を真剣に生きることであって、誰かと比べるまでもないですよ(^^)

はあとちゃくらさんもRINちゃんもこれ以上ないくらい自分の人生をしっかり生きてる。大丈夫(^^)
  • posted by よし 
  • URL 
  • 2018.10/06 06:02分 
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よし様 

適格に表現してくださって、どうも有難うございます。
よしくんの表現通りですね。
「社会の常識にあえて適応あえてするのではなく、自分の考えを貫く選択」。

ただ、その道は過酷です。
自力で道を切り拓くのは、イバラの道です。
それでも、それは入り口だけかもしれません。

進むにつれて、険しかった道はだんだんと平坦に近づいていくように思えます。
そして、行く先々で同志と巡り会えます。

それでも、時にどうしようもない孤独にさいなまれることもあります。
それが、この道を選んだということなんだと思い知ります。
自分で責任を持つ生き方は、きっと誰もがそういう思いをしているのでしょうね。

よしくんの言葉は、私にとって灯;ともしび;友思陽です。
感謝しています。
  • posted by はあとちゃくら 
  • URL 
  • 2018.10/11 13:36分 
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はあと・ちゃくら

Author:はあと・ちゃくら
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RIN・・・中2の娘
RON・・・小6の息子
私・・・心と身体に良いものに興味があります。アートセラピスト、ドリームセラピストでもあります。

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