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力が・・・

月曜になったら体力が戻るかと思っていたのだが、

火曜になった今日も、まだ力が湧かない。


仕事は、極めて良好!

請け負った時間を最高のものにでき、とても喜んでいただいている。

こうして、仕事の事を思い浮かべると、ふつふつ力が湧いてくる。


なんとか、自分を取り戻さなくては。

子どもたちを守るのは、私しかいない。


タロット占いをしたら、吊るされる男の逆位置。
「動きたいけれど動けない。直観を信じる。じっと待ち、耐えることで好転する。」


先日、RINと入ったお店で見つけた詩画。
白い壁から見守ってくれている。

「約束。 

 毎日精一杯頑張るあなたに

 かならずしあわせ届けます。

 まってて。」

RONは、「ママにぴったりだね。ママは毎日がんばってるから。」と言ってくれた。
「3人とも、みんな頑張ってるよ」と私。
本当に、こんなに劣悪な環境なのに、子どもたちもよく頑張ってくれている。
感謝。

先日、私が作った歌をRONに聴いてもらった。
「朝ドラのテーマ曲みたい。聴いたことがあるようでない曲。うん、いいね。」とRON
爽やかな曲調にしたかったから、RONにそう言ってもらえてうれしかった^^
車の中で歌うと元気が出てくる♪

ふっと、昨日、あぁこの詩は私の女性性と男性性の統合を表現したかったんだ、と思った。
私の内なるアニマとアニムス。
双方で補い合い、バランスを取ることで成長する。

賃貸の部屋の中で歌う訳にはいかないからなぁ。



ふっと、今アタマをよぎった曲。

♪きっと ほんとの 哀しみなんて 自分一人で 癒すものさ♪ 
                    by 渡辺美里 「マイ・レボリューション」

私の大変革・・・か。

疲弊の後

11月5日(月)から始まった、一連の中学校に対するやり取り。

心が通い合わないということは、こういうことなのかと思い知らされた。

生徒を思いやるのではなく、

権力で抑圧し、学校側の保身に走る態度はどこまでも変わらなかった。

それは、教育とは呼べない。


学校側では話が進まない為、市、そして県の教育委員会を通して訴えた。

それでも、学校側は生徒を思いやるということをしない。


私が教師の立場だったら、もっとこうしたのに・・・

と思うと、余計に歯がゆくなり、いたたまれなくなる。


県教育委員会へは、一般的に問題提起できるところは、
県全体として取り組んでもらえるよう、お願いした。
二重瞼、天然パーマ、髪の色。
この点について、アレルギー調査のように、入学時に保護者に書類を提出させる。
そうすれば、不当に生徒が疑われて傷つくことがなくなる。


11月17日(土)、やっとこれから安心した生活が送れると、RINも私も思えたとき、
ようやく自宅で手作りの食事がとれた。
それまでは、食事を作る気力もなく、
また、自宅に安心して居ることができなくなってしまった。
この日、RONがご飯を炊いてくれて、ニラ玉を作ってくれていた。
仕事から帰宅し、みんなで久しぶりに我が家ごはん。

翌朝18日(日)は、私自身も、仕事前に簡単おかずを作ってから出かけられた。
そして夕食には、RINがおいしい煮びたしを作ってくれた。
ほうれん草、油揚げ、竹輪、ニンジン。
それぞれの出汁が出ていて美味しい^^
最近はスーパーのお惣菜に頼っていたので、そこからのヒントで作ってくれた料理。
RONも、冷凍食品の春巻きを焼いてくれた。


私は、午前中だけの仕事を終え、RONを床屋に連れて行こうとしたけれど、
どうにも身体を動かせなくなってしまった。
とてもだるい。横になってしばらく眠ったが、胃のあたりが気持ち悪い。
すると、RINRONを床屋に連れて行ってくれた。

RINは、14日(水)、勝手に私が留守の時に校長から家庭訪問され、
先生の弁護をされて、以来具合が悪くなってしまっていた。
それも、やっと回復した。
いつもの病気の体調の悪さだけになった。


わからない人は我が身のことばかりでわかろうとしない。
そんな人と関わるより、別の場所で自分自身を生きたい。
それが、RINが出した結論。
私は、そんなRINを応援する、どこまでも。

今までは、入院している病気ではない、障害認定にも相当しない、として、
特別支援学校も、特別支援学級も、そして不登校にも当たらなかった。
不登校とは、30日以上、病気や経済的な理由以外で欠席している生徒を指す。
うちは、まだ1週間だけれど、初めて病気以外の「行かない」という理由で欠席している。
故に、不登校としての相談を受けられる。
適応指導教室に行くことが可能になった。
(この呼び名もどうかと思うけれど。そんな学校に適応するように指導されたくないけど。
 まぁ、名前はイカツイですが、居心地の良いところならばいいと思います。)

心を理解してくれない学校に、病気の身体を押してまで行かなくてすむようになり、
RINは晴れ晴れとした顔になった。

私は毎日いろいろな場所に電話相談をし続け、仕事に行き、の繰り返しの毎日から開放された。
まだ、完全に終わった訳でなないけれど、
方向性ははっきりしたので、しばしの休息。
午後は、疲れた心身をゆっくり休ませた。

こうして書いていても、まだだるくて、眠い。
休もう・・・・・・。






過去記事と夫

2013.12.22
「昨夜とてつもなく嫌なことがありました」

過去記事を見返していたら、そんな記事がありました。

これは当時、内容が書けないと記載しておりましたが、
実は夫からのDVのことでした。


それまでは暴言だけだったのが、
初めて暴力があった時でした。

男の人の力は強い。
とても太刀打ちできない。

子どもたちと隙を見て、夜、車で逃げました。


夜の街はイルミネーションがキラキラしていて、とてもきれいでした。

それなのに、私たちはあてどもなく逃げている。
寒くて、ドラッグストアでマフラーやレッグウォーマーを買いました。

どこかホテルに宿泊しようとしたら、どこもクリスマス前で予約いっぱい。
仕方なく、車でうろうろしてから、
真夜中に自宅に戻りました。


それ以前にも、警察を呼んだことがありました。
暴言が酷すぎて、翌日の幼稚園の運動会に出られない、と思ったからでした。
その時は、夕方から飲み始めた夫。機嫌よく夕食を作りながら飲んでおりました。
すると突然何かが切れたように、私に向かって、子どもたちに向かって暴言を吐き出したのでした。
結局、その時、夫は警察官に「別のところへ泊りましょう」と、ホテルに連れていかれました。
翌日の、RIN幼稚園最後の運動会には、二日酔いで夫は不参加。
義父母にそれを連絡しても、「あまり飲みすぎないようにと言っておいたから」とだけ。
全くわかってもらえませんでした。
今回、調停で証拠を提出しようとして、その時の警察署に問い合わせしましたが、
8年前になるので、書類は残っていないとのこと。
書類は5年経つと処分してしまうそうなのです。


最近は、中学とのことでオナカいっぱいでしたが、
11月下旬、第4回調停があります。
第1回7月、8月、(9月子どもたちの聞き取り調査)、10月、11月の4回目。
子どもたちの「パパとは暮らしたくない。」という発言や、私に対してのDVや、子どもたちに対しての暴言が、子どもの口から明らかになり、それを調査官が書類にまとめたので、
3回目の調停では考えられなくなってしまったという夫。
それまで夫は、私が虚偽の申告をしている、そういう嘘をつく病気だと訴えていました。
その夫が、4回目では今後のことを考えた書類を提出します。


現在、生活費は入れてもらえておりません。
何度入れてくれるよう、置手紙をしても、
RINが直接頼んでくれても、
RINだけは父親と会っています。会うのが目的ではなく、元の自宅に荷物がたくさんあるからです。)
最後通告で職場に電話すると書き置きしても、
実際、職場に電話して相談して上司から言ってもらっても、
生活費を入れてくれておりません。

早く離婚して、母子手当をもらいたい!
児童手当は、住所変更をして、12月から私の口座に振り込まれるようになりました。
住民票を変えると住所がわかってしまうので恐れておりましたが、
警察で書類を作ってもらい、市役所で夫や他の人が住民票を取ろうとしてもできないようにしてもらいました。


RONは、別居してから背の伸び率がよくなりました。
RON曰く「前の家では、いつ怒鳴られるかってびくびくしてた。今はその心配ないから。」



その心配がなくなったら、中学との事。
小学校にも、今回の中学との事を連絡し、RONの様子を気にかけてくださるようお願いをしました。
今のところ、RONは大丈夫なようですが、引き続きRONの様子も気にかけて見守っていきます。









RIN

RINは街で、学生に見られません。

まだ中学生だという子ども医療費扱いで通院しているのに、
眼科では車の免許を取る際の話をされました。

デパートなどでは、クレジットカードを作りませんか、とよく声をかけられています。

まだ14歳なのに、経験しなくていいいようなことをたくさん経験してきたからかもしれません。


最近、小6で中学受検をした話をしました。
「あの時、受検しておいて良かったね。」
「うん、そう思う。」

まさか高校受験をこういう形でしないことになるとは思いませんでしたから、
あの時、精いっぱい自分の力を試せたことは、本当に良い経験でした。

RINは、全日制高校ではなく、定時制と通信制を組み合わせて高校卒業単位を取ることを決意しています。(入学試験が全くない訳ではありません。)
それは、最近の中学との一連のやり取り以前から決めていたことでした。

一番の理由は病気が回復していないこと。
これまでの治癒の経過を辿ると、急速によくなってはおりません。
極めてゆっくりと良くなってきています。
ですから、まず、一日5時間の高校受験には体力が持たない、ということが挙げられます。
今でも、定期テストは一日1時間がやっとです。

次に、もし5時間のテストが受けられて、合格したとしても、
学校の授業に続けて出られない。
高校は単位が取れなければ留年です。

そして三番目に、友だちとの会話が合わない。
アイドルの話や恋バナだけでつまらないそうです。
私の友だちや、大学生(塾の先生)と話す方が楽しいようです。
定時制や通信制であれば、この点も解消します。
いろいろな年代や、仕事を持っている方々との出会いは、確かに楽しいものです。


私自身を振り返ると、中学ではあまり心を割って、友だちには話してはいませんでした。
病気(急性腎炎)と闘う辛さを人には見せたくなかったからです。
高校時代はクラブに明け暮れていて、クラブ中心の話題でした。
進学校ではなかったので、大学進学については友だちには相談していませんでした。
大学時代。やっと好きな勉強ができる!・・・と期待していたのに、
周囲の友だちのほとんどは、「別にこれがやりたかったからじゃなく、高校の先生に勧められたから」。
大学ですらそうなのか! と、絶望した時もありましたが、
大学で気の合う友だちと自主ゼミを開いたり、
外の研修会や講演会などに出席したりして、自分でやりたい勉強を突きつめようともがいていました。


自分で道を切り拓く。
それは既成のレールに乗らないことです。

傍から見ると、それは大変なことと映るかもしれません。
しかし、当事者からすると、レールに乗って走る方が辛いこともあるのです。

今のRINにとって、学区の中学に病気の身体を押してまで登校するのは、
これ以上は無理だと判断いたしました。
ただでさえ、登校は体力を消耗します。
それなのに、心を理解してくれる気配が全く見られないところで、
今度は心が病気になってしまったら・・・・・・。

もう、これ以上の病気は嫌です!!!


数々の病。
県立高校附属中学を自主退学 → 学区内中学転校
離婚調停中の父と母。
学区内中学校の不当な対応。

いろいろな困難が、さらにRINを大人にしています。





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舌にたくさんの水疱

昨日の朝、舌にたくさんの水疱が出来ている夢を見ました。
真っ赤な舌のいたるところに、ぷつぷつと泡のように浮き上がっているたくさんの水疱。

夢辞典で見ると、「舌」は表現すること。
舌が切れていると表現できていない、なのですが、私の場合は痛々しい水疱の数々。

市と県の教育委員会には、話をしっかり聴いていただきましたが、
それが、当事者に伝わっている感じがしないところに問題があります。
もちろん、教育委員会の先生方は学校側に伝えているのでしょうけど。

私自身、校長・副校長・担任と話し合いをして、真意が伝わらないことを実感していました。

市では埒が明かないと、県教育委員会に電話したその日、14日水曜日。
校長が私の留守中に、娘を訪ねてきました。
初めての学校からのアクションです。
緊急連絡先には、私の勤務時間帯を記入してあります。
午後5時半はまだ私が仕事から帰宅していない時間。
それを見計らったとしか思えない。

しかも、私に事前連絡もなく、事後報告もなくの突然の家庭訪問。
5時半という時間から、自分が帰宅する前にちょっと寄ってみた、としか思えません。
6時半に学校に電話した時は、既に退勤してましたから。

では、校長は何をしに来たのか?
謝ったのなら、まだいい。
娘に、何があったのかを聞き、
「二重まぶたを整形したと思われて、誤解とわかっても謝ってくれなかったのが嫌でした。」
と言った娘に対し、何と言ったのか。

「先生方も、悪気はなかったんだから。」

そう言って、謝りもせずに帰ったそうです。


娘は、それからさらに具合が悪くなりました。


15日木曜日、私はまた県教育委員会に電話して、その事を伝えました。
「悪気はなかった、というのは、いじめっ子がよく言う言葉ですよね!!!」


結局、未だに、どなたからも謝罪の言葉はありません。

15日に、「もうみんな中間の範囲表もらったんだって。私もほしい。」
と娘が言ったので、学校に電話してFAXしてくれるよう頼みました。
そして、娘と二人、気晴らしにお昼を食べに外に行きました。

その間に、担任と副校長がまた連絡なしで自宅を訪問したとのこと。
範囲表を手渡しして話を聞きたかったようでした。
結局、そのことが書かれた送信表と範囲表がFAXされていました。

私は、自宅にはもう来てほしくない、ということと、
今までのいろいろなことをどう思っていらっしゃるのか、文書で伝えてください、とFAXしました。
①から⑥まで問題点を列挙して。

その日の夜、Cメールで担任から、こちらで認識していることと異なっているところがあるので、学校か自宅で話し合いをしたい、との連絡が。

私は、「全て先の話し合いで申し上げたことです。認識されていないのでしたら、そのようにお書きください。娘も私も二度とお会いしたくありません。文書は郵送してください。」
と記して返信しました。
認識していないのは、人の話を真摯に聴いていないから。
だいたい、3人もいて誰一人メモをとっていなかった。
3人とも、娘がどんなことに困っているのか、その辛さを理解しようとしていなかった。
話の上っ面だけ聞き、学校側に非がないと、それだけを強調したかっただけだ。

依頼した文書。そこに謝罪の文字があるのかどうなのか、それはわかりません。
おそらく、相当アタマをひねって言い訳の御託を並べてくると思われます。


16日金曜日。
仕事は休み。

娘と隣町まで気晴らしに車で出かけました。
学校と同じ街にいると、嫌なことがグルグル頭を駆け巡ってきてしまいます。。。

隣町は、やっぱり雰囲気が違っていて、ちょっと遠出したような気分になりました。
「現実逃避だね。」とRIN
「逃避じゃないよ。やることやってるもん。」と私。

私「ちょっとずつ、前に進んでるでしょ。」
娘「そうなのかなぁ。」

いくら言っても相手に通じた気がしない。
確かに、それが前進した気がしない要因なのです。


お昼を食べて、ペットショップで可愛さに癒されて帰宅。
外出先で娘の具合が悪くなり、帰ってきました。


夕方。
「適応指導教室に行ってみることも考えてみる?」
「う~ん。考えてみようかな。」

それならば、と、すぐに、適応指導教室に入る前の教育相談を申し込みました。

中間テストをどこで受けるかは、昨日、教育事務所の不登校・いじめ対策の先生から、学校側に問い合わせていただきました。
今朝、その回答が来ました。
自宅でもいいが、その場合は正式ではなく参考点になる。
学校で受ける場合は、話しても大丈夫な先生が対応し、別室を設ける。

娘「もう評価はいい。ただ、自分がどれだけできるか試してみたいだけ。」


テストって、本来そういうものだよね。
自分がどこまでできるのか、何がまだわかっていないのか、それを判断する指標なんだよね。
それが、いつの間にか、最終的に点数として付けられて、それでオシマイになっちゃった。
そして、絶対評価になった現代では、さらに、平常点でC付けるよ、というのも脅し文句に加わっちゃった。

教育は何処へ行ったのだろう?








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プロフィール

はあと・ちゃくら

Author:はあと・ちゃくら
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RIN・・・中2の娘
RON・・・小6の息子
私・・・心と身体に良いものに興味があります。アートセラピスト、ドリームセラピストでもあります。

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